食べることは、生きること

[コラム 食べることは、生きること]

(読売新聞  2018年3月20日)(いちばん未来のシニアのきもち)


こんにちは、慶成会老年学研究所の宮本典子です。
高齢者は、超高齢社会のいちばん先をいく人たちです。
共に生きやすい社会をつくることは、次の世代の未来をつくることになると
思いませんか?



<鮮明な「食」の思い出>
高齢の方に思い出の食べ物について話してもらうと、多種多様な答えが返って
きます。
「疎開先で食べた畑のキュウリのみずみずしさが忘れられない、あんなに
おいしいキュウリは、それ以来食べたことがない」
「家が豆腐屋でね。固まる前の豆腐を、おやじが茶碗にすくって
『はいよ!』って渡してくれた。その味は格別だった」
「白いご飯の日は、『銀しゃりだ!』と家中がはしゃいだ気分になるのです」
「引き出物のおまんじゅうを、父親が結婚式から持ち帰るのを、兄弟そろって
待ち構えていました。甘い物が少なかったから、均等に分けてもらえるか
かたずをのんで見守って…。口に入れた時の幸せと、口の中で消えていく
寂しさを同時に味わいました」

私たちが当たり前に食べている白いごはんや甘いお菓子が、どれも特別で
おいしそうに聞こえるから不思議です。
食べ物の少ない時代に生まれ育ったからこそ、格別の思い出があるのですね。



<年をとると、食べる力にも衰えが出る>
いつまでもおいしい食事を楽しみたい――。
誰もが望むことですが、高齢になると食べるのに必要なかむ力、飲み込む力は
低下します。

105歳になった私の祖母は、現在施設で暮らしています。
施設では、飲み込む力やかむ力に低下が見られると、それに合わせて作り方を
調整します。
祖母には、きざみ食が提供されています。

きざみ食は食べ物を小さく刻んで食べやすくした食事です。
ブリの照り焼きが出てきても、刻んであるため、何の魚かわかりません。
ちょっと残念ですが、安全のために必要なこと。
一人ひとりの状態を把握して、手間ひまをかけて介護食を作るスタッフの
皆さんに、頭が下がる思いです。



<おいしく食べることが生きる力の源に>
介護食と呼ばれるものには、「ソフト食」「ミキサー食」「えん下食」
「流動食」など、様々な種類があり、ご本人の「食べる能力」や体調に応じて
選ぶことが必要です。

友人の言語聴覚士は、えん下機能が弱くなった高齢者が安全に食べられ、
見た目も味も形もよい介護食を作るのが夢だと言っていました。

過日、彼女の趣旨に賛同したフランス料理のシェフが、ソフト食で
フルコースを作り、皆で試食したとか。
フランス料理には、ムースやテリーヌといった、介護食になりやすい
調理方法が元々そろっているそうです。

このような工夫を通して、子供の頃から慣れ親しんだものや、高齢になって
食べられなくなったものを、もう一度味わえたらよいですね。

和菓子の「虎屋」は、昨年、軟らかいようかん「ゆるるか」を発売しました。
普通のようかんを硬くて食べづらいと感じる方にも、ようかんの味わいを
楽しんでもらいたいという思いからだそうです。
私たちの研究所も、開発段階で少しお手伝いをしました。



先日、レストランで、若者が高齢のご夫婦を見ながら、「おじいさんや
おばあさんの食べ方が汚いのが嫌だ」と言うのを聞いて、悲しい気持ちに
なりました。

高齢になると指先の力が弱くなり、ものをつかみにくくなります。
そのためにお箸やスプーンの扱いが難しくなって、口に運ぶまでの間に
こぼしてしまったりすることが増えてきます。

飲み込む力やそしゃくの力も弱いので、もぐもぐと食べ物を口に入れている
時間がどうしても長くなるのも、やむを得ません。


そういう私も高校生の頃に、昔は作法にうるさかった祖母が食べこぼして
服を汚すようになったのを見て、嫌だなっ、と思ったことがありました。
今のような知識があれば、もっと優しい気持ちで一緒に食事ができたのに、と
後悔しています。


おいしく食べることは、生きる力を引き出します。
年をとっても、楽しい食事を長く続けられますように、と、食いしん坊の私は
願ってやみません。



(宮本典子 臨床心理士)



https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20180314-OYTET50010/?catname=column_senior-no-kimochi





No tags for this post.
カテゴリー: え栄養医学, か噛み合わせ(咬合), のど(咽喉),  嚥下・嚥下障害 パーマリンク