美容院卒中症候群

[こんなにも面白い医学の世界 第27回 美容院卒中症候群] (レジデントノート  2016年12月号掲載) 前回の「中華料理店症候群」に続いて今回も少し変わった名前の疾患をご紹介 します。 理容室ではシャンプーのとき顔面を下にした状態になりますが、美容院では 仰向けになりますよね。 この仰向けで首を反らす姿勢は意外と危険だというお話です。 1993年にアメリカ内科学会雑誌に,仰向けでシャンプーを受けている人が、 めまい、吐き気、手足のしびれや頭痛などの症状を起こす症例が報告され、 美容院卒中症候群(Beauty parlor stroke syndrome)と名付けられました。 原因は頸部過伸展位による椎骨動脈の狭窄、閉塞による椎骨脳底動脈領域の 循環不全があげられ、これに続発した脳虚血の症状であると説明されて います。 椎骨動脈は左右に2本あるため、どちらか一方が完全閉塞しても全く症状が 現れないことが多いのですが、もともと左右のどちらか一方が発達している のが普通で、よく発達している方が閉塞すると症状が現れやすいといわれて います。 ただ、これについては疑問を呈する意見もあります。 2002年に過去に美容院でシャンプーのときにめまいなどの脳卒中症候群の 症状があった25人の被験者を、美容院と同じ頸部過伸展位で脳血流を測定した ところ、脳血流の低下は認めなかったそうで、椎骨脳底動脈領域の循環不全を 直接証明することはできていません。 実は、この椎骨脳底動脈領域の虚血に関しては、他にもいろいろな姿勢や 活動で起きることが報告されています。 有名なものにStendhal syndromeがありますが、これはイタリアの フィレンツェの壁画や天井画を見た観光客に至福感とともにめまい、失神が 起きるという疾患で、以前は美しいものを見たための精神的反応と信じられて いましたが、絵画を鑑賞するために長時間首を反らせることによる同じ メカニズムが推測されます。 他にも、ヨガや術中のポジショニングによって脳梗塞が起きた例も報告されて おり、この姿勢の危険性を念頭においておく必要はありそうです。 私が以前に当直で働いていた病院はユニバーサル・スタジオ・ジャパンの 近くにあり、ジェットコースターなど激しい乗り物に乗った後にめまいや 吐き気を訴える患者さんが多く来ました。 全例にMRIを撮るかは議論の余地がありますが、頸部の過伸展や回旋後の 脳血管障害を疑えば、詳細な病歴聴取と頭部MRI/MRA検査を行うべきかも しれませんね。 疾患のなかにはいろいろ面白いニックネームがついたものがありますが、 知っていなければそれを疑うこともできません。 (岡山大学医学部 救急医学  中尾篤典先生) https://www.yodosha.co.jp/rnote/trivia/trivia_9784758115780.html ————————————————– [スタンダール・シンドローム] (Wikipedia) スタンダール・シンドローム(The Stendhal Syndrome)は、フランスの 作家スタンダールが、1817年に初めてイタリアへ旅行した時に、 フィレンツェのサンタ・クローチェ聖堂の内部のジオット等のフレスコ画を 見上げていた時に、突然眩暈と動揺に襲われしばらく呆然としてしまったと いうことから、1989年、イタリアの心理学者グラツィエラ・マゲリーニが 同様の症状を呈した外国人観光客の例を数多く挙げてこのように命名した もの。 ————————————————–  
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