ニューラテンクォーター

[ニューラテンクォーター]

(Wikipedia)


ニューラテンクォーターとはかつて日本に存在したナイトクラブである。
ホテルニュージャパン地下にあった。
ステージショーを主体としたホステス・クラブの先駆けで、海外の有名歌手を
次々と出演させ、伝説的な社交場となった。



<概要>
ホテルニュージャパン地下に1959年12月14日、敷地面積660坪、卓数300、
従業員は200人以上を抱える国際的な社交場として開店した。

1953年11月に営業開始し1956年9月6日焼失した米軍兵の慰安用ナイト
クラブ「ラテンクォーター」跡地に建てられたため、「ニューラテン
クォーター」と命名された。
尚、ラテンクォーターは、カルチェ・ラタンの英語名である。

社長は、九州社交界の大立者で「中州のキャバレー王」と呼ばれた山本観光
株式会社の山本平八郎。
山本平八郎社長夫人・浅子がママで経営にあたった。


チャージ(料金)が高額であった。
ショーを観劇させるニューラテンクォーターは国内外国から歌手やタレントを
招聘した。
ルイ・アームストロング、ナット・キング・コール、ダイアナ・ロス、
パティ・ペイジ、サミー・デイヴィスJr.、森進一、朝丘雪路、いしだあゆみ、
五木ひろし、ピンク・レディーらがいた。

専属司会者にE・H・エリックがいた。

出演交渉はキョードー東京の前身である協同企画が行なった。
協同企画の社長永島達司は、ビートルズを日本に呼んだプロモーターとして
知られる。


ホテルニュージャパンは1982年2月8日に火災事件を起こし営業停止処分を
受けて廃業したが、ニューラテンクォーターはその後もひっそりと営業を
続けた。
1989年5月27日に、当時のオーナーであった櫻井義晃(廣済堂創業者)が
店を閉じた。





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