敵のフェロモンを盗聴、ネズミで判明、哺乳類では初

[敵のフェロモンを「盗聴」、ネズミで判明、哺乳類では初]

(ナショナル ジオグラフィック日本版  2018年4月4日)


捕食者であるドブネズミのオスの涙に含まれる性フェロモンを、被食者である
ハツカネズミが感知できることが最新の研究で明らかになった。



<捕食者ドブネズミの存在をハツカネズミが感知>
ドブネズミが種内のコミュニケーションに使うフェロモンを、ハツカネズミが
「盗聴」できることが、最新の研究で実証された。

東京大学の東原和成氏らの研究チームが、オスのドブネズミの涙に含まれる
タンパク質を特定。
このタンパク質が、ドブネズミには性フェロモンとして、ハツカネズミには
警戒シグナルとして作用するという。

研究成果は3月29日付けの学術誌「カレントバイオロジー」に発表された。


オスのドブネズミは自分の体をグルーミングすることによって、涙が体表に
広がる。
その結果、涙に含まれるあらゆる化学シグナルが身体中にこびりつく。
すると、日常生活を送る中で、ドブネズミは通った場所に形跡としてそれらの
化学シグナルを残すことになる。

東原氏らのチームは、ドブネズミの涙が残したシグナルに、ハツカネズミが
気付けるかどうかに関心を抱いた。

ドブネズミとハツカネズミはいずれも雑食のげっ歯類だが、ドブネズミには
ハツカネズミを殺して食べる習性がある。

天敵に狙われる種に典型的な戦略として、ハツカネズミがドブネズミの尿を
避けることはすでに知られている。

しかし、捕食者が使う特定のフェロモンを獲物の側が感知し、早めに敵を警戒
する態勢につなげることを哺乳類で示したのは、この論文が初めてだ。



<敵の性フェロモンで「身をすくめる」>
実験では、オスのドブネズミの涙に含まれるタンパク質「ratCRP1」を
まぶしたコットンをメスのドブネズミにかがせた。
メスのドブネズミはコットンを細かく調べ、その時間は何もつけていない
コットンの場合より長かった。

一方ハツカネズミは、ratCRP1をまぶしたコットンの近くに長時間とどまる
ことはなかった。

両者とも、ratCRP1をかいでから一時停止する時間が増えた。

また、ハツカネズミの体のなかで何がおきているかさらに調べてみると、
ratCRP1をかいでから1時間経っても心拍数と体温が低下したままだった。

論文によれば、ratCRP1はドブネズミでは性フェロモンとして使われていると
いう。
ratCRP1を感じ取ったメスネズミは、オスがいた辺りに留まり、交尾に備える
ような一時停止行動を示していた。

一方、ハツカネズミもこのシグナルを感知する。
しかしメスのドブネズミの場合とは違い、シグナルを感知したハツカネズミ
は、それまでよりも活動量が減り、身をすくめるような慎重な生理状態に
入る。近くにいると予想されるドブネズミの注意を引かないためだ。



<食べる側と食べられる側の「動物界の駆け引き」>
英オックスフォード大学の動物学者で、フェロモンに詳しいトリストラム・
ワイアット氏は、生きものが近隣にすむ種に耳を澄ますようになるのには、
進化における強い動機付けがあると言う。
「ある生物種が広範囲に伝わるシグナルを使うようになったらすぐに、他の
種が自分に役立てるためにそのシグナルに対する感受性を獲得しますよ」と、
ワイアット氏は話す。

当然、食べる側としては、なんとか敵にばれないように味方とコミュニ
ケーションをしようと試みる。
食べる側と食べられる側のこうした攻防を、東原氏は「動物界の駆け引き」と
呼ぶ。


例えば、ガとコウモリが繰り広げてきた、聴覚の「軍拡競争」がそうだ。
ガは、いくつもの段階を経て、コウモリが反響定位(エコーロケーション)に
使う音に適した耳を進化させてきた。
そのため、ガはコウモリの超音波パルスを感知すると逃げていく。


理論上、こうした現象は一般的であるにもかかわらず、「捕食者の
フェロモンに特異的に反応する被食者については、ほとんど研究されて
いません」とワイアット氏。


さらに、東原氏らのチームは、新たなタンパク質と行動への作用を特定した
だけではないとワイアット氏は指摘する。
盗聴の際に神経活動がおきる脳領域も明らかにし、ratCRP1がハツカネズミの
脳内で防御神経回路を作動させていることを示したとのことだ。

東原氏は、「このシグナルがどのような進化の過程を経て、同種と異種両方の
シグナルとして利用されるようになったのかが次の問いだ」と語った。



(文=Kenrick Vezina/訳=高野夏美)



https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180404-00010000-nknatiogeo-sctch


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