認知症の悪化は処方されていた薬剤が原因だった

[コラム 交通事故の後遺症 せん妄状態の原因を絶つ] (読売新聞  2018年3月1日)(精神科医・内田直樹の往診カルテ) <車にはねられ認知症に> 福岡県在住のAさん(71)は、元警察官です。 真面目で責任感が強く、現役時代は同僚から頼りにされる存在でした。 2人の子どもを育て上げ、定年退職後は妻と一緒の登山と温泉巡りが楽しみ でした。 ところが昨年5月、日課の早朝散歩中に飲酒運転の車にはねられ、脳挫傷と 外傷性くも膜下出血の重傷を負いました。 緊急搬送された病院で手術を受けたものの、左半身の 麻痺、高次脳機能障害 (記憶障害、集中力の障害、意欲の低下など)や 嚥下障害などの重い 後遺症が残りました。 Aさんは、3か月間リハビリした結果、歩行器を使って歩けるようになり ました。 しかし、自力での 排泄や着替えができず、妻と2人での生活は難しいと みなされ、特別養護老人ホームに入所しました。 <興奮状態で施設での生活が困難に> ところが、施設に入ったAさんは「こんなところに閉じ込めて何をする 気だ!」「俺は県警のAだぞ!」「仕事に行く!」「部屋に知らない男が 入ってくる」などと興奮することが多くなり、夜中も大声を上げ続けました。 介護者に暴力もふるい、施設職員では対応しきれない状態となりました。 Aさんは、以前、入院中に鎮静剤の服用で誤嚥性肺炎を起こしたことが ありました。 そのため、家族は薬を使いたいという施設の提案を拒否。 結局、施設を出たAさんは、妻と一緒に息子夫婦の家に同居することに なりました。 家族は、近くの内科クリニックに訪問診療を依頼しましたが、Aさんが 初診時にひどく興奮して血圧も測らせなかったため、医師から診療を拒否 されてしまいました。 そこで、ケアマネジャーを通じて当院に依頼があったのです。 <私の名刺を破り捨てたAさん> 私は初診時、名刺を渡してご 挨拶します。 Aさんは名刺を受け取るやそれを破り捨て、「県警にこんな 奴はおらん!」 といきなり怒り出しました。 そこで、警察時代の思い出話などをじっくり聞きながら診察を進めると、 血圧や体温の測定から血液検査まで行うことができました。 Aさんは、これまでの経過から脳出血が原因の脳血管性認知症で間違い なさそうでした。 Aさんには、また、記憶力や注意力、集中力の低下がありました。 しかも、比較的はっきりしていると思うと、数時間後には悪くなる……という ように、調子の波があり、特に夕方から夜間にかけて悪化していました。 これらが、せん妄状態です。 <処方されていた薬剤が原因だった> せん妄状態では、自分がどこにいるのか、周囲にいる人が誰なのか、あるいは 日付や季節などの時間に関する感覚が怪しくなります。 せん妄は、認知機能が低下した時に別の要因が加わると、多く見られるように なります。 たとえば、手術直後や、血圧が大きく変わったり心肺機能が弱ったりした時、 感染症にかかったり、発熱や下痢や脱水状態にあったりすると起こります。 骨折したために歩けなかったり、拘束されたりして思うように体が動かせない 状態にある、または睡眠が足りない、飲酒や断酒などが重なる……などで 発症する場合もあります。 また、急激な生活環境の変化や家族との離別や死別、経済的問題や孤立感に 苦しむなど、環境面での問題も原因となります。 中でも要因として多いのが、薬剤の影響です。 胃薬(特にH2ブロッカー)、精神安定剤(抗不安薬、睡眠薬)、 抗パーキンソン病薬、ステロイド剤などが原因として挙げられます。 何年も続けて飲んできた薬が、ある日、せん妄状態を引き起こすことも あります。 これは、加齢に伴って脳の機能が低下したことが原因と考えられます。 気になって、以前の病院で処方されたというAさんの薬を確認すると、胃薬と 睡眠薬がありました。 交通事故の後遺症で脳の機能が低下していたところに、胃薬や睡眠薬が誘因と なり、せん妄が起きていたのでしょう。 服用をやめると、興奮することが急激に減りました。 せん妄は、それを引き起こす要素を取り除くだけでよくなることが少なく ありません。 症状が出た時に、「認知症が進んでしまった」「状態が悪化した」などと あきらめず、医師も家族も、何か改善できる方法があるのではないかと考える ことが重要です。
交通事故の後遺症 せん妄状態の原因を絶つ
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