ドーピング違反者の「世界一」をどう考えますか?

[コラム ドーピング違反者の「世界一」をどう考えますか?]

(読売新聞  2017年8月23日)
(室伏由佳のほっこりスポーツカフェへようこそ)


みなさん、ほっこりスポーツカフェへようこそ!
8月上旬から約2週間、イギリスで行われた世界陸上ロンドン大会へ解説者と
して行ってまいりました。
2年に一度の大舞台に、今年は200以上の国・地域の選手たちが参加しま
した。

私自身、選手として2005年ヘルシンキ大会では女子ハンマー投げ、2007年
大阪大会では円盤投げに出場しています。

現役を引退した2012年以降は、解説者として参加し、自身の原点を思い
起こしています。



<世界一決定戦、勝利者に向けられたブーイング>
今回は男子100メートル走で起こった「特定選手」へのブーイングについて
です。

男子100メートルは、今大会でも最も注目を集める種目でした。
長年、男子短距離界の主役を張り続けたジャマイカのウサイン・ボルト
選手が、この大会をもって競技引退を表明していたからです。
最後の走りを一目見ようと集まった人々が、レースに熱い視線を向けて
いました。

ボルト選手の最大のライバルと目されたのが米国のジャスティン・ガトリン
選手。

結果的に、9秒92のシーズン自己ベスト記録でレースを制したのもガトリン
選手でした。

ボルト選手も同じく今シーズンの自己ベスト9秒95で走り抜けたものの、
一歩及びませんでした。

大会前、ガトリン選手の今季のベスト記録は9秒95、ボルト選手は9秒98
でした。
ともにパフォーマンスのピークをこの大舞台に持ってきたところが、さすがに
世界のトップアスリートです。

100メートルは、予選、準決勝、決勝で構成されますが、どのラウンドでも、
日本ではあまり見られない光景がありました。
ガトリン選手が出場するたびに、客席から地鳴りのようなブーイングが巻き
起こるのです。

ガトリン選手は、過去に2度のアンチ・ドーピング規則違反があり、4年の
制裁期間を経て復帰した選手です。

私は、「イギリスは何をスポーツに求めているか、はっきりしているな」と
感じました。

ガトリン選手は2006年、男子100メートルで9秒77の世界タイ記録を
打ち立てたにもかかわらず、レース後のドーピング検査で禁止薬物の
テストステロンが検出され、記録は抹消されました。

同選手は2001年に同じく禁止されている興奮剤アンフェタミンの使用発覚で
2年間の資格停止処分を受けています。

2度目の違反となるため、本来は永久資格停止でしたが、米国アンチ・
ドーピング機関(USADA)の調査への協力を約束し、「4年間の資格停止
提案」へと処分が緩和されたのです。

いわば、全世界・全スポーツの「約束」である「世界アンチ・ドーピング
規程」に基づき、きちんとした手続きを経て、競技復帰が公式に許された
選手。

しかし、イギリスの観衆はそう受け止めなかったようでした。
「過去にドーピングをした選手は、断固受け入れない!」との強い反応で
した。



<規則違反者をオリンピックから追放するイギリス>
かつてイギリスには、男子100メートルで世界陸上をはじめ数々の国際大会で
メダルを獲得したドウェイン・チェンバースというスター選手がいました。

しかし、2003年、チェンバース選手はアンチ・ドーピング規程で禁止物質に
指定されているアナボリックステロイド(筋肉増強剤)で陽性となりました。

これで2年間の出場停止処分が科されました。

しかし、制裁はそれだけでは済みませんでした。

英国オリンピック委員会には、ドーピング違反をした選手を「オリンピックの
代表に選出しない」との独自の規定がその当時あったのです。チェンバース
選手は、制裁期間とは別に、2008北京オリンピックの選考対象にもなりま
せんでした。

もちろん、規則違反はあってはなりませんが、世界アンチ・ドーピング規程
では、あまりにも悪質なケースを除いて、一定の制裁期間を経た後に競技への
復帰が許されています。

チェンバース選手の例からも、イギリスのドーピング違反に対する厳格な
姿勢がうかがわれます。

アスリートには、ドーピングのない、安全で健全なスポーツに参加する権利が
あります。
社会にも、スポーツの精神と未来のアスリートたちを守る義務と権利があり
ます。
競技能力を高めるためでも、不健康かつ危険な手段を選択してはならないの
です。

ロンドンの世界陸上でのイギリス人によるブーイングには、とても手厳しい
ものを感じつつ、「スポーツの価値を損ないかねないものはすべて締め出す」
という強い姿勢を感じました。


ドーピングによる健康への影響については、いずれ書いてみたいと思います。
それでは皆さん、また次回のカフェでお会いしましょう!



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