「目散る」アルコール

[こんなにも面白い医学の世界 第33回 「目散る」アルコール] (レジデントノート 2017年6月号掲載) 最近、メタノール(メチルアルコール)を飲んで中毒になり搬送されてくる 患者さんが増えているのですが、楽に死ねる、とか、思いっきり酔える、 などという誤った情報をインターネットから得ているケースが多いようです。 かつては密造酒に含まれ、その危険性から「バクダン」と呼ばれていたらしい ですが、今回はこのメタノールがテーマです。 メタノールの構造式はご存知のとおりCH3OHで、燃料や工業用にも使われて おり、引火性が強く危険物第四類アルコール類に指定されています。 密造酒などに含まれることもありますが、新鮮な果実やフルーツジュースにも 含まれるそうで、その致死量は個人差も大きく、0.3〜1.0 mg/kg程度と いわれています。 メタノールは、アルコールデヒドロゲナーゼで酸化され、ホルムアルデヒドに なります。 ホルムアルデヒドの水溶液は、解剖実習でご遺体を固定していたホルマリン で、これも毒性が強いように思いますが、実際体内ではホルムアルデヒドで いる期間は短く、すぐにホルムアルデヒドデヒドロゲナーゼによって蟻酸に 変化します。 この蟻酸がメタノール中毒の原因物質で、視神経に直接働いて脱髄を起こし たり、ミトコンドリアの電子伝達系にかかわるシトクロムオキシダーゼを 阻害したりするために視神経毒性が現れるといわれています。 また、蟻酸の影響で、アニオンギャップが開大する代謝性アシドーシスが 起こってきます。 なぜ目だけに症状が強く現れるかというと、網膜にはビタミンA (レチノール)をレチナールに酸化するためのアルコールデヒドロゲナーゼが 豊富に存在しており、メタノールを飲んだ場合には網膜でホルムアルデヒド、 蟻酸が大量につくられるためです。 われわれが学生のころ、メチルアルコールは失明することが多いので、 語呂合わせで「目散る」アルコールと覚えたものです。 ところで、なぜ蟻酸は「蟻」なのかというと、蟻がもっている毒の主成分で あるからです。 ヤマアリなどある種類の蟻は、水鉄砲のように毒液を外敵に吹きかけて巣を 防衛したり、獲物を狩ったりするのですが、この主成分が蟻酸だそうで、 すべての蟻が蟻酸をもっているわけではありません。 メタノールと蟻酸はともに血液透析により効率よく除去することができる ので、中毒には血液透析を行います。 また、生体内での蟻酸分解を促進するために葉酸の投与が推奨されます。 2014年9月に、アルコールデヒドロゲナーゼを阻害するホメピゾールの 製造販売が承認されました。 私も臨床で一度だけ使ったことがありますが、欧米ではエチレングリコール 中毒およびメタノール中毒の標準的治療薬として位置づけられています。 (岡山大学医学部 救急医学  中尾篤典先生) https://www.yodosha.co.jp/rnote/trivia/trivia_9784758115872.html
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