團伊玖磨さんが先天色覚異常であることは、エッセーでも触れています

[先天色覚異常、いじめ・差別を受けるなら…教育の敗北] (読売新聞  2016年4月21日)(心療眼科医・若倉雅登のひとりごと) オペラ「夕鶴」などの作曲で名高い團伊玖磨さん(1924~2001)は、 「パイプのけむり」などのエッセーの作者としても有名な人です。 自分が先天色覚異常であることは、エッセーでも度々触れています。 そして、小学校の図画の時間、赤い花を緑に塗って、「どうして見た通りに 描かないのか、ひねくれた子だ」と無知な先生に叱られたという有名な話が あり、色覚異常に対する無理解や差別に憤ることもよくあったようです。 いちごは赤、葉っぱは緑というように、子供の時から物と色の関係を いつの間にか常識にしてゆきます。 しかし、その常識がまだ不十分なうちは、色覚異常があると、緑の葉が たくさん茂っている中の赤い花、例えば椿の花などは見落としたり、緑として 見えてしまったりする可能性があります。 もちろん、単色で見た場合には色を間違えることは少なく、日常生活で困る ことはほとんどありません。 しかし、ごちゃごちゃと色のある環境では、赤に対して青緑、 橙(だいだい) に 対して黄緑、茶に対して緑など、補色間の区別がつきにくくなったり、 薄い色が区別しにくかったりといったことが生じるのです。 こうした特性は、むしろ色覚異常を理解する上での手がかりにし、また学校 教育や社会環境の中で用いる色に紛らわしい色使いをしないという配慮の ために利用すべきことです。 例えば、黒板に赤のチョークは紛らわしいので避けるとか、眼科関連の学会の プレゼンテーション(発表)では、色覚異常者に紛らわしい色の組み合わせを 避ける色覚バリアフリーが推奨されているのも、そういう利用の仕方の代表格 でしょう。 先天色覚異常の大半は第一、第二色覚異常といわれるもので、伴性劣性遺伝と いう遺伝形式をとり、日本人では男性は約5%、女性は0.2%に存在すると いわれます。 つまり、学校に100人の児童生徒がいれば、約5人は先天色覚異常を持って いるということになります。 それが、いじめや差別の対象となり、異常者はそのことを隠さなければ ならないという事態は、教育の敗北といえないでしょうか。 オリバー・サックスが著した「色のない島へ」(ハヤカワ・ノンフィクション 文庫)ではビンゲラップ島に多いある種の色覚異常者は、そうでない人とは 異なった特異な感覚を持っていることを示唆しています。 色覚異常がある團さんが、音や文章に卓越した能力を発揮したのは言うまでも ありませんし、絵画の巨匠たちの中にも実は先天色覚異常があったとされる 人もいます。 色覚異常者は、色覚正常者とは少しだけ異なった特性を持った色感覚を持って いるという考え方を学び、周囲の少しの配慮、思いやりをそこに導入させる ことこそ、学校教育の重要課題なのではないでしょうか。
先天色覚異常、いじめ・差別を受けるなら…教育の敗北
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