吸血鬼は感染症だった

[こんなにも面白い医学の世界 第2回 吸血鬼は感染症だった?] (レジデントノート  2014年11月号掲載) ハロウィンの時期になると、吸血鬼の格好をした人をよく見かけるようになり ますね。 吸血鬼はオオカミやコウモリと一緒に現れ、水やにんにく、日光や十字架を 極度に恐がって、夜に凶暴になるとされています。 これらの症状で何か思いつく病気がありませんか? これらの症状はみんな狂犬病で説明できるといわれています。 狂犬病は、RNAウイルスである狂犬病ウイルスによる人獣共通感染症で、 一度発症するとほぼ100%死亡する恐ろしい病気です。 イヌ、オオカミが最も主要な宿主ですが、ネコ、コウモリ、リスなども 感染し、感染した動物に咬まれることによりヒトに感染します。 最初は風邪のような症状なのですが、ウイルスは咬まれた部分から神経を 介して中枢神経にいたります。 ウイルスは、1日数ミリずつ神経を侵しながら中枢神経に向かうといわれ ていて、中枢神経からの距離によって、手足を咬まれたら数カ月、顔なら 数日で発症するといわれています。 大脳辺縁系に感染すると、夜に譫妄、凶暴性を認めるようになります。 また、知覚過敏のため、臭いが強いニンニクや光を避けるようになり、 十字架を怖がるなどの先端恐怖症の症状が現れます。 水を怖がるのは、中枢神経障害のために液体を飲み込もうとすると 喉頭けいれんが起き、とても苦しいためといわれています。 狂犬病の患者さんが、生き血を吸ったり咬みついたりすることは実際は ないのですが、18世紀の前半、東ヨーロッパでイヌやオオカミに狂犬病が 大流行したらしく、そのうえ当時のヨーロッパでは吸血鬼が人々の話題に なっていたことから、吸血鬼伝説がその当時流行した狂犬病の症状と 結びついて、現在の吸血鬼のイメージが出来上がった可能性があります。 狂犬病の有効な治療法というのはないのですが、ワクチンの曝露後接種でも 感染早期なら発病を防止できるといわれています。 ウイルスそのものはアルコール消毒で不活化するので、動物に咬まれたら よく洗浄して、できるだけ早く医療機関を受診することが大切です。 狂犬病の患者さんを私は診たことがなく、1957年以降、日本ではイヌ、 ヒトともに狂犬病の発生は報告されていません。 ですが、中国や北米でも患者さんは多く発生しており、2006年に フィリピンに旅行中に犬に咬まれた人が日本帰国後に狂犬病を発症した事例も 報告されていて、決して無視することができない感染症です。 私がピッツバーグ大学にいたころの話ですが、アメリカの大学病院で くも膜下出血で脳ヘルニアになったドナーから肝臓、肺、両側腎臓が 4人に移植され、1人は術中の合併症で、残りの3人は3〜4週間後に 急激な脳炎症状の悪化により死亡し、その原因がドナーから感染した狂犬病で あったというショッキングな出来事がありました。 後でわかったことですが、ドナーはコウモリに咬まれていた事実があり、 それ以来、アメリカでは臓器移植のときは狂犬病の検査がほぼルーチンに されるようになっています。 (岡山大学医学部 救急医学  中尾篤典先生) https://www.yodosha.co.jp/rnote/trivia/trivia_9784758115414.html
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