B型肝炎で芸術活動を一時休止した 石川ひとみ

[B型肝炎で芸術活動を一時休止した 石川ひとみ]

(日刊ゲンダイ  2013年5月9日掲載)


<1987年7月>
1981年に「まちぶせ」が大ヒットした石川ひとみ。
抜群の歌唱力と愛らしいルックスでNHK人形劇「プリンプリン物語」や
「レッツゴーヤング」の司会など、歌手以外にも幅広く活動を行っていた。

しかし、ミュージカル初出演の目前、1987年7月にB型肝炎を発症し、
芸能活動を一時休止するまでに追い込まれた。

石川(当時27)がひどい目まいに襲われてダウンしたのは7月22日、
ミュージカル「はだかの王様」の稽古に取り組んでいる最中。

当時、極度の疲労感に襲われ、手足が非常にだるく、何をするのもおっくうで
箸を持つのも面倒なくらいだったという。

そこで医師に診てもらったところ、B型慢性肝炎と診断され、都内の病院に
緊急入院した。

初のミュージカル挑戦に張り切っていた石川は「何としても続けさせて」と
訴えたが、医師からは「肝硬変に進む恐れが強い」と宣告され、舞台の降板が
決まった。

石川が母子感染によるB型肝炎のキャリアーであることは、倒れる3年ほど
前の血液検査ですでにわかっていた。
しかし、実際に発病する確率は2割程度で、その時は「今のままで大丈夫
です」と言われ、同時に3カ月に1度くらいの検査も勧められていた。

体調不良によるダウンはミュージカルの稽古に追われ、検査に行けない合間に
起きた。

肝炎の治療は何よりも体力回復のための安静が第一。
歩くことすら制限され、一時は車椅子生活となった。
日光に長い時間当たることも禁止。
体力消耗を避けるために入浴もできない状態。
食事はきちんと取り、点滴を受けているのに体重は36キロまで落ち、「私、
このまま死ぬのかな」とまで思ったという。

それでも石川は主治医の指示に従って闘病を続け、9月上旬に無事退院した。

しかし、退院直後は廊下を歩くのもよろけるほどで、芸能活動どころか人前に
出るのも困難な状態。

石川は所属事務所との契約解除を余儀なくされてしまう。

自宅療養を続け、徐々に芸能活動を再開するが、復帰への道のりは決して
平坦なものではなかった。

1991年1月には移籍した事務所が倒産し、ギャラの未払い問題が発生。

さらに病気への偏見から、いわれなき差別も受けたという。

B型肝炎は接触程度では感染しないが、街を歩いていた石川にファンが握手を
求めてきた際に、その中のひとりが「この人、B型肝炎だよ」と叫んだ瞬間、
一斉に手を引っ込められたこともあった。

リハビリに通うスイミングスクールでは、通っていた母親から「感染する」と
クレームがついたことも。

しかし、石川は「療養はたくさんのことを考える時間をくれた」「事務所
問題は世間の厳しさを勉強した」「病気への偏見は奮い立つ自分の力に
なった」と常に前向きな姿勢だった。

デビュー時からの恋人で、作曲家の山田直毅も石川を支え続けた。
1993年9月20日に結婚。

現在、石川は芸能活動と並行して、エイズや肝炎の講演会など病気への偏見と
闘う活動も続けている。


(プレイバック芸能スキャンダル史)


http://gendai.net/articles/view/geino/142340




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