ポリオ生ワクチンへの鎮魂

[感染症と人の戦い:前国立感染症研究所情報センター長・岡部信彦]

(産経新聞  2012年7月24日)


<ポリオ生ワクチンへの鎮魂>
9月からポリオ(小児麻痺)の予防接種がこれまでの生ワクチン(OPV)から
不活化ワクチン(IPV)に切り替わる。

OPVは定期接種としての役割を終え、表舞台から消えることになる。

ポリオは天然痘に次いで地球上からの根絶が目指されている。
多くの子供たちに生涯にわたる主に下肢の麻痺を残すだけではなく、呼吸筋の
麻痺により患者の5~10%は死に至ることがある、子を持つ親にとって恐怖の
病気だからだ。

この病気は今でも治療法はないが、数滴のOPVで防げる。
ポリオ根絶を目指し、野を越え、山を越え、戦火をくぐり、OPVは世界中の
子供たちに届けられている。


1960(昭和35)年、日本で年間五千数百例のポリオ患者が発生した。
当時国内ではポリオワクチンはまだ導入されておらず、翌年国はOPVの
緊急輸入を決断した。
これによって多くの子供たちがポリオから免れるようになり、1980年を
最後にわが国からポリオという病気は消えた。
多くの子供たちが当たり前のようにOPVをきちんと受けてくれたおかげだ。


米国はIPVでポリオ対策をスタートしたが、免疫はOPVほど十分ではなく、
IPV接種者からもポリオ患者の発生が明らかになったため、数年でOPVに
切り替え、1979年以来ポリオゼロとなっている。


野生株ポリオの封じ込めに成功した日本は、世界のポリオ根絶を目指す活動で
技術的にも金銭的にも大きな貢献をしてきた。
OPVは経口接種のため注射器がいらず医師でなくとも容易に投与できる。
ゴミも出ない。
そして安い。
ポリオ根絶までもう一歩まで来ているが戦争や貧困はポリオ根絶の妨げに
なっており、ポリオの免疫が低下した地域では流行国からのポリオウイルスの
侵入によりポリオの流行が突然生じたりすることがある。
これが非流行国でもポリオワクチンをやめられない理由だ。


ポリオの予防に大きな貢献をしたOPVには、一方では極めてまれながら副反応
としてワクチンウイルスによる麻痺が生ずることも知られている。
ほとんどが1回目の投与の時で、おおよそ100万人前後に1人の麻痺
(VAPP)が発生する。
日本では年間およそ120万人が出生しているので、年間1人あるかないかの
VAPPが発生していることになる。
ポリオがわが国でこの三十数年間発生していないのは、ポリオに対する免疫が
高い水準に保たれているからである。
いわばVAPPを発生した人々の犠牲の上に日本はポリオから守られてきたと
いっても良い。
ポリオから逃れることのできた人々は、VAPPを発症した人々のことを
忘れてはいけない。


一方ポリオ根絶を達成した国では、ポリオの免疫を高く維持しながらVAPPの
発生をもゼロにするために、IPVに切り替える国が増加している。
日本も先進国ではやや遅ればせながらではあるが、この9月からIPVへの
切り替えが開始される。
おそらくは11月ごろには導入されるであろうジフテリア・百日ぜき・破傷風
(DPT)とIPVを混合した4種混合ワクチンの登場によって、さらに本格化
することになる。


OPVは表舞台から去ることになるが、日本の子供たちを守ってきた素晴らしい
ワクチンであったということは記憶にとどめておきたい。




http://sankei.jp.msn.com/life/news/120724/bdy12072403070000-n1.htm





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