けいれん性発声障害 風邪でもないのに声が出づらい

[医療ナビ:けいれん性発声障害 風邪でもないのに声が出づらい。
                 診断が難しく、精神疾患との混同も。]

(毎日新聞 2010年9月29日)


ある時、自分の声がうまく出ないことに気付く。
風邪薬を飲んでも改善せず、耳鼻咽喉科では「異常なし」との診断。
結局「原因不明」とされることも多いこの症例に、ある病気が隠れている
ことがある。
声帯が脳のコントロールに従わなくなって起きる「けいれん性発声障害」
(SD)だ。


声帯は気管の上端、のどぼとけのやや下にある。
1.5センチほどの筋肉のひだで、呼吸時は空気を通すために開き、声を出す
時は閉じる。
肺から出た空気は声帯のすき間を通る時に震えて音が出る。
この音を鼻腔やのどで響かせ、舌や唇で調整して多様な声が生まれる。


SDは声を出そうとする時、本人の意思とは無関係に声帯が極度に緊張して
閉じ、声が詰まってしまう病気だ。
筋肉の運動をつかさどる脳のプログラム異常で起きる病気「ジストニア」の
一種とされる。
脳の機能を回復する根本的治療法はまだ開発されていない。


千葉県の会社員の女性(26)は大学生だった6年前、声に異変を感じた。
電話オペレーターのアルバイトでのどを酷使したからかな、と考えている
うちに大きな声が出なくなり、ついにはささやき声を絞り出す状況になった。
何軒も病院を回ったが「ストレスでしょう」と言われるばかり。
就職先の会社では、無理をして話すと声が震え「あがり症を治せ」と
言われた。


「SDの声帯は外見はまったく正常。専門医以外では診断できない例も多い」
新宿ボイスクリニック耳鼻咽喉科(東京都新宿区)院長の渡嘉敷亮二・東京
医科大教授は言う。
精神科の薬を処方され続けたり、SDとは無関係な吃音(きつおん)の矯正に
お金と時間をつぎ込んだ患者もいる。

発症は10~30代が多く、大半が女性。
患者数は全国に約2,000人とされるが、渡嘉敷教授は「実数ははるかに多い」
と見る。


声帯を使わない「裏声」で話すと症状は出にくくなるが、根本的な治療には
ならない。
最も一般的な治療は声帯に猛毒のボツリヌス毒素を少量注射し、緊張を
ゆるめる方法。
外来で治療でき、声は元に戻るが、注射の効果は約3カ月しか続かない。
また注射直後は声が出にくくなり、1週間以上失声状態になる人もいる。
保険診療対象外で1回3万~4万円の治療費がかかり、国内に治療施設が
非常に少ないという問題がある。


手術は2種類の方法がある。
1つは、勝手に閉じようとする声帯の筋肉を全身麻酔下で取り除く方法。
首に傷跡は残らず、基本的に術後数カ月で正常に近い声に回復できる。

2つ目は声帯がくっついている甲状軟骨(のどぼとけ)を中央で縦に切開、
間にチタンの金具をはさみ声帯のすき間を広げる方法。
のどに小さな傷が残るが、効果が低い時は元に戻せる。
ただし両手術ともすべての患者に効果が出るわけではない。


女性は昨年5月、SDと診断され、数回の注射後、今年8月に筋肉摘出手術を
受けた。
まだ声がしゃがれがちだが、徐々に本来の声と「話し好き」な性格を取り戻し
つつある。


軟骨形成術を受けた患者には、歌声を取り戻した人もいる。
シンガー・ソングライターのCOZ(カズ)さん(36)。
2006年にSDと診断され、「歌はあきらめて」と宣告されたが、患者仲間の
「歌声を聞きたい」との声に後押しされ、同年12月に手術を受けた。
専門医が「奇跡的」と言う回復で、昨年9月にはライブを開催。
今年はネットで寄せられたSD患者の声を歌詞にした新曲も発表した。
「SDの仲間のために、歌い続けたい」と話す。


今年は「S・D・C・P発声障害患者会」が活動をスタート。
ボツリヌス注射の
保険適用などを求め、厚生労働省に署名を提出した。

自身も筋肉摘出手術を受けた、患者会代表の田中美穂さん(43)は「声が
出ないことで周囲の人との関係が作れなくなり、失業や不登校などで心を病む
SD患者が多い。多くの患者に正しい情報と治療を届けられる態勢が必要
です」と話す。

SDの情報は同患者会、渡嘉敷教授が代表を務める「声のケアと治療を
考える会」などで得ることができる。



(奥野敦史)



http://mainichi.jp/select/science/news/20100929ddm013100168000c.html





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