妊娠時 歯の手入れ入念に

[妊娠時 歯の手入れ入念に] (読売新聞  2008年5月23日)(元東京医科歯科大学教授エッセイ) 以前、今は亡き父親と母親の総入れ歯を作ったことがある。 今思えば私の最後の親孝行であったかもしれない。 しかし、身内の治療ほどやりにくいものはない。 お互いに甘えがでて、ああだこうだと言い合い、結局はけんか腰で治療をする 羽目になる。 父親はそれ程でもなく、結果的には、まあいい入れ歯ができたと思っている。 「息子が作ったんですよ」なんて、近所の人に自慢していたらしい。 大変だったのは母親の方である。 何しろ母親と言うのは、息子なんて自分の分身ぐらいにしか思っていない ので、ちょっとやそっとでは満足してくれない。 あっちが痛い、こっちが曲がっているで、なかなか終わらない。 その母が、「私は子どもをたくさん産んだので、子ども達にカルシウム分を 全て取られて、歯がボロボロになってしまった」とよく言っていた。 そういえば、50歳前から総入れ歯だった記憶がある。 正直、歯科医になる前は、子どもを産むと言うのは、それ程大変なもの なのかと思ったものである。 いまでも、患者さんの何人かが同じようなことを口にするが、実はこの表現、 学問的には正しいとは言えない。 まあ、仮に母体からカルシウム分が子どもに移ったとしても、そんなわずかな ことでボロボロになるほど歯はやわではない。 端的に言えば、妊娠、出産という環境の変化に、歯磨きがおろそかになった だけのことである。 そう言っては身も蓋もないが、つわりがひどければ歯ブラシだって口の中に 入れるのも嫌だろうし、身体が重くなれば、洗面所に歯磨きに行くのさえ 面倒になるだろう。 お腹が大きくなると胃が圧迫されて、一度にたくさんは食べられない。 そうすれば、必然的に間食を取る機会も増えてくる。 さらに、酸っぱい物を頻繁に取るようになれば、まさに虫歯ができやすい 環境を、自らが整えているというわけだ。 加えて、妊娠時は歯周病になりやすい。 これは、女性ホルモンの影響で歯周病菌が増殖しやすくなった結果である。 そんな状況で歯磨きが十分できなければ、歯周病は悪化するのが当然である。 結論を言えば、妊娠時には虫歯にも歯周病にもかかりやすい環境にあることは 確かである。 だからこそ、歯の手入れは普段以上に念入りにやらなければいけない。 こう考えると、私の母親が子どものために歯がボロボロというのも分から なくはない。 何しろ8人も産んだのだから。 でも、その代償に自分の歯を失ったというのでは、末っ子の私としては いささか複雑だ。 ねえ、おふくろさん。 http://www.yomiuri.co.jp/iryou/medi/karadaessay/20080523-OYT8T00423.htmNo tags for this post.
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