唇閉じて 歯は噛まない

[唇閉じて 歯は噛まない] (元東京医科歯科大学教授エッセイ) (読売新聞  2008年3月28日) 寒さも和らぎ、やっと春の気配が見え始めたころ、象牙質知覚過敏と歯の 腫れに悩まされた。 その影響で肩は痛いし、首はこるわで散々だった。 医者の不養生を絵に描いたようで、実に恥ずかしく、しかも情けなかった。 お陰で折角の友人との会食も、女房の手料理もちっとも美味しくなかった。 患者さんの苦しみが改めて理解できた次第である。 今の歯科医療は生物学的アプローチが全盛である。 つまり歯科における2大疾患であるむし歯と歯周病は、いずれも口の中にいる 細菌が関係し、その細菌を駆除、あるいはコントロールできれば、すべて解決 すると考えられている。 だから、口の中の細菌の固まりであるプラーク(歯垢)を除去する、プラーク コントロールが重要であるとされている。 歯磨き、歯間ブラシ、フロスを使用して徹底的に口の中をきれいにしなさい と、私自身もこの欄で幾度となく解説してきた。 もちろん、それは間違いではないし、今でも2大疾患の予防の1番の選択肢で ある。 この生物学的アプローチは、歯科治療が長年行ってきた機械的アプローチへの 反省であり、反動でもある。 むし歯は削って詰めれば治ると信じられていたし、歯が抜けても正確に 削って、精密なブリッジを入れれば、元のように復元すると、歯科医も患者 さんも信じていた時代への反動である。 ところが、長年患者さんを拝見していると、どうもプラークコントロールだけ では解決しないいくつかの症状があることに気がついた。 プラーク1つないきれいな口なのに、虫歯のように冷たいものや、熱い物に しみる症状を呈していたり、まるで歯周病のように歯がぐらついていたりする のである。 こういう症状を呈する患者さんの多くが、働き盛りのサラリーマンで あったり、受験を控えた子供を持つ主婦であったりする。 こうなれば、心因性ストレスを含めたストレスの影響が大きいことは、容易に 想像できた。 ストレスにより知らず知らずに歯を食いしばり、さらには夜間睡眠中の歯軋り へと発展していく。 その揚げ句、歯を守る大切なエナメル質が欠けたり、ひびが入ったりして、 下部の象牙質に影響を及ぼして知覚過敏を呈する。 歯が丈夫だと、歯を支えている歯槽骨を壊して、細菌が原因ではない歯周病を おこす。 日本には古くから、歯を食いしばって頑張りますなんて言葉があるが、歯は 食事で咀嚼するとき以外は噛んではいけないのである。 爪をかじるのも、鉛筆をかじるのももちろんいけない。 歯でビンの栓を抜くなんて冗談でもやってはいけない。 噛みしめる癖のある人たちに、歯科医の中では知る人ぞ知るおまじないが ある。 「唇閉じて、歯は噛まない」 心当たりのある方は是非実行して頂きたい。No tags for this post.
カテゴリー: か噛み合わせ(咬合), し歯周病, た態癖/生活悪習癖, は歯ぎしり(ブラキシズム),  知覚過敏 パーマリンク